鞍部多須奈

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名前
  • 氏(ウジ):鞍部【日本書紀】(くらつくり)
  • 名:多須奈【日本書紀】(たすな)
  • 名:多須那【日本書紀】(たすな)
  • 德齊法師【日本書紀】(とくさいほうし, とくさいほふし)徳斉法師
  • 德濟法師校異【日本書紀】(とくさいほうし, とくさいほふし)徳済法師
生年月日
( ~ 用明天皇2年4月2日)
没年月日
(崇峻天皇3年1月1日 ~ )
  • 鞍部司馬達等くらつくりのしばだっと【日本書紀 巻第二十一 用明天皇二年四月丙子条】
先祖
  1. 鞍部司馬達等
  • 鞍作鳥くらつくりのとり【日本書紀 巻第二十二 推古天皇十四年五月戊午条】【母:不明】
出来事
  • 用明天皇2年4月2日記事に二年夏四月乙巳朔丙子とあるが、乙巳を朔日とすると丙子(32日)は誤り。次の崩御記事が癸丑(9日)であるから丙午(2日)か壬子(8日)が候補か。当サイトでは丙午とする。

    用明天皇がまさに臨終という時に鞍部多須奈が奏上して「臣は天皇の御為に出家して脩道致します。また丈六の仏像及び寺を造って奉じます」と。
    天皇は悲しんで大声で泣いた。
    南淵(みなぶち)坂田寺(さかたでら)の木の丈六の仏像・挟侍(きょうじ)の菩薩がこれである。

    【日本書紀 巻第二十一 用明天皇二年四月丙子条】
  • 崇峻天皇3年

    出家した。名付けて徳斉法師という。

    【日本書紀 巻第二十一 崇峻天皇三年是歳条】