大伴狛 名前 氏(ウジ):大伴【日本書紀】(おおとも, おほとも) 姓(カバネ):連【日本書紀】(むらじ)連 名:狛【日本書紀】(こま) 性別男性 生年月日( ~ 大化5年3月24日) 没年月日(大化5年3月25日 ~ ) 配偶者大伴狛夫人(おおとものこまのいろえひと)【日本書紀 巻第二十一 崇峻天皇三年是歳条】 出来事 大化5年3月24日 孝徳天皇の命令で蘇我倉山田麻呂大臣に反逆の虚実を問う。 【日本書紀 巻第二十五 大化五年三月戊辰条】 大化5年3月25日 孝徳天皇は大伴狛連と蘇我日向臣を将として軍を率い大臣を追わせた。 将軍の大伴連らが黒山(くろやま)に至ると、土師連身・采女臣使主麻呂が山田寺から馳せ参じて「蘇我大臣は既に三男一女らと共に自ら経死されました」と告げた。 これにより将軍らは丹比坂(たじひのさか)を経て帰還した。 【日本書紀 巻第二十五 大化五年三月己巳条】